ヨハネハウスの1週間

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ヨハネハウスの1週間

これは、ヨハネハウスで暮らすある家族の一週間の物語。
木の温もりに包まれた日常に起こる細やかな喜びや発見を、ぜひ一緒にご体感ください。

日曜日

お風呂も肌に触れるものの一つ

  • お風呂も肌に触れるものの一つ
  • お風呂も肌に触れるものの一つ

やわらかな木目と甘い香り。サワラの素材感を活かして仕上げられた木の湯船にお湯をためる。浴室に充満した湯気が、乾いた木肌を生き返らせる。すると次第に、心を落ち着かせる木の香りが私の鼻先をかすめる。窓際に立てかけていた手桶を椅子の上に戻し、お風呂の準備を終えた。私はふっと小さく深呼吸をし、足元の柔らかい感触を感じながら、キッチンへ向かった。

「木のお風呂にしたいな」「お風呂だって、肌に触れるものの一つだよ」この家を建てるとき、夫が何気なく言ったこの言葉が、私をはっとさせた。以前から、タオルやシーツなど、肌に触れるものは天然素材を好んで使っていた。さらっとした洗いたての夏のベッドリネン、冬に着るフランネルシャツのほっこりとした温もり。 「そんな過ごしよい“生活の感触”を、毎日確かめたい」と考えていた私は、夫の意見に賛成し、お風呂を木でつくることに決めた。

「お湯、入ったよ」と2階へ声をかけると、目をこすりながら夫がトントントン、と柔らかい音をさせて降りてきた。「おはよう」といいながら、そのまま浴室に向かっていく。

住みはじめて半年、はじめは贅沢だと思っていた木のお風呂も、私たちの生活に欠かせない、日常のごくありふれた空間として馴染んできたような気がする。朝食の準備もすませ、夫が浴槽の縁に両手を広げて入浴している姿を想像しながら、コーヒーでほっと一息ついた。そろそろ子供たちも起こしにいこうか。

  • お風呂も肌に触れるものの一つ
  • お風呂も肌に触れるものの一つ

家の中で感じる休日の幸せ

  • 家の中で感じる休日の幸せ
  • 家の中で感じる休日の幸せ

鶏のもも肉と、大きめに切った色とりどりの野菜。
それらを大皿に並べる。リビングと繋がるデッキテラスでバーベキューグリルに火を起こしている夫を見つめ、「この人と出会えてよかった」と、会った頃の思い出がほんの少しよみがえる。

冷蔵庫からペリエの瓶を取り出し、大ぶりのタンブラーに注ぐ。
さっとライムを絞って、「これ持っていって」と上の子に持たせた。
この家に引っ越してから、休日には家族でよくバーベキューをする。
これまで休日に楽しむこととは家族で旅行に出かけたり、夫婦でコンサートに行ったりすることだと無意識に思っていた。

確かにきっと、それは今も変わらず楽しい。
でも、この家に引っ越してからは、休日にしたいことが増えた。
それは、もっとさりげないこと。
家族でおいしい食べ物を囲んで過ごすこと。
季節の風と香りを感じること。
日差しの温もりを感じること。

今は、この家の中で起こるあらゆることを楽しみ、その都度“幸せ”を心いっぱいに感じる。楽しむことは、こんな身近に、これほどたくさんあるのだと再確認する。「そろそろいいよー」という声がテラスから聞こえてくる。大皿とグラスを持って、家族が待つテラスへ向かった。

月曜日

家族の成長とともに形を変える住まい

  • 家族の成長とともに形を変える住まい
  • 家族の成長とともに形を変える住まい

7時10分。
目覚まし時計が奏でるメロディーとともに、私の1日が始まる。吹き抜けに面した窓の障子が、昇り始めた朝日の日差しをやわらげ、そっと室内へと光を運んでくれる。温められた空気が私たち家族を包みこむ。
1週間の始まりがこんなよい天気だと、そのことだけで誰かに感謝したくなる。顔を洗ってすばやく着替え、大小2つのお弁当の準備をする。炊飯器を開けると、炊き立てのご飯の白い湯気が一気に立ちのぼり、その香りが顔を包んだ。

もうすぐ7時半。
夫と幼稚園に通う上の子を起こしに行く。
最近、上の子のために子供用のベッドを買った。そのベッドで眠る子供の寝顔を見ながら、ふと、子供たちと過ごす未来の我が家について考える。子供たちが大きくなるにしたがい、生活も少しずつ変化していく。今はジャングルジムが占拠するこの子供部屋も、いつかは兄弟それぞれが自分の部屋が欲しいと言うだろう。

さらに先を考えれば、この家から巣立っていくかもしれない。子供の成長に合わせ、家そのものの住みやすさ、使い勝手も変わっていくのだと思う。家族の成長とともに、その変化を受容し、しなやかに対応できる“器”。「住まいはこう」という決まった価値観ではなく、成長する家族と一緒に形を変える“器”でなければならないと思う。

夫に「起きて」と声をかけた後、真新しいベッドで眠る上の子を揺すって起こす。「今度子供部屋を模様替えするのはいつになるだろうか」と考えながら、まだ眠そうな上の子を抱きかかえた。

  • 家族の成長とともに形を変える住まい
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お菓子も夢も膨らむ昼下がり

  • お菓子も夢も膨らむ昼下がり
  • お菓子も夢も膨らむ昼下がり

オーブンからの香ばしい匂い。部屋に漂う幸せな甘い香り。この瞬間、この空間が心地よい。170℃で45分。そろそろ見本のケーキが焼きあがる。

この家に引っ越してから2週間に1度、自宅で小さなケーキ教室をはじめた。月曜の午後1時半、ご近所の奥さん3人が我が家にやってくる。最初に私が一通り作って見せ、生地をオーブンに入れる。オーブンで焼き上がりを待つ間、生徒さんたちが私と同じ要領で材料を混ぜ、生地を作るという手順。3人が最後の仕上げにブルーベリーを生地に混ぜ入れ、丸い型に流す。その様子を横目で見ながら、お手本のケーキをオーブンから取り出した。

「わぁ・・・美味しそう」という歓声。焼き色も膨らみ具合も上々。ケーキの出来具合に感心する生徒さんたちに囲まれ、このときばかりは、私も少し鼻が高い。型入れしたばかりの彼女たちが作った生地を、焼きあがったものと入れ替えるようにオーブンへ。
「うまく膨らみますように!」生徒の一人がそうオーブンに声をかけて笑いが起こった。

お菓子作りの面白さは、この言葉にすべてが凝縮されているような気がする。「うまく膨らみますように」という祈りに似た気持ち。
そして、うまく焼きあがったときの喜びと、口に入れたときの体中に広がるような甘い幸福感。私にとっては、このキッチンが家の中で一番居心地がよい空間。対面式のキッチン越しに、生徒さんたちと談笑しながら、先に焼きあがったケーキを切り分ける。アールグレーを入れながら、いつかここで開きたいと思うカフェに思いをはせた。

火曜日

家族の物語が生まれる“舞台”と“舞台裏”

  • 家族の物語が生まれる“舞台”と“舞台裏”
  • 家族の物語が生まれる“舞台”と“舞台裏”

上の子を幼稚園に迎えに行って家に戻り、そのまま土間に傘と長靴を並べる。黄色の小さな傘と私のお気に入りの青い傘。白いラインの入った小さな青い長靴。テラコッタの土間に水滴が落ち、染みていく。しばらくすると、いつも上の子と公園で遊んでいるお友達がママと一緒に遊びに来てくれた。

コーヒーを淹れていると、子供たちはリビングの床におもちゃを広げて遊び始めた。床に直接座ったり、寝転がったり・・・。
湿気を吸って足触りが柔らかくなった杉板のフローリング。
「木は生きている」と雨の日は特に思う。雨に濡れて光るデッキテラスが美しく、庭の木々も緑を増したように生き生きとして見える。ただ座って雨だれを眺める事さえ楽しい。

耳を澄ませば、樋から落ちてくる雨水の音が耳に心地よく、心をリラックスさせてくれる。木の質感や匂い、季節の移ろいを肌で感じながら生活する喜び。ふとしたときに感じる幸せ。住まいを自然素材中心にしたのは、「優しく、おおらかに子供たちを包む家であって欲しい」と願ったから。でも、無垢の木の温もりに触れ、おおらかになったのは、むしろ私たち大人だったのかもしれない。

  • 家族の物語が生まれる“舞台”と“舞台裏”
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雨の日には、雨の日のたのしみ

  • 雨の日には、雨の日のたのしみ
  • 雨の日には、雨の日のたのしみ

洗濯機が終わりの合図を告げ、天気はどうかと窓の外を見つめた。灰色の雲がたれこめ、空の様子があやしい。外に干すのはあきらめ、階段を上がりベランダに面した“キャットウォーク”へ洗濯物を運ぶ。階下のリビングで車のおもちゃを押す下の子を見ながら、洗濯物を干し始める。

干し終わるか終わらないかという頃、ぱらぱらと雨が降り出した。“キャットウォーク”という名前は、猫のための通路という意味だと思っていた。ところが調べてみるとそうではないらしい。元々は劇場の裏方や舞台袖の高いところに作られた、機材のメンテナンスや仕掛けを行うための通路だったという。人が1人やっと通れるかというほどの狭い通路で、歩くときに猫のようにそうっと四つん這いになってしまうことから “キャットウォーク"と名がついた。

こんな雨の日に洗濯物を干したりするのだから、「確かにうちの場合も舞台裏かな」と思う。家族が舞台のLDKで楽しく過ごし、その脇にひっそりと備えられた舞台裏。これから、舞台でいくつもの物語が生まれる。そう思ってLDKを見下ろすと感慨もひとしお。

「ママー」と下の子が“キャットウォーク”を見上げる。「はいはい」と言いながら洗濯籠を手にキャットウォークから主役の待つLDKへ。普段は、やんちゃになった上の子が走り回る遊び場となる“キャットウォーク"。そんなとき、私の視線はいつも子供に釘付け。だから、その時ばかりは、むしろこっちが舞台なのかもしれない。

水曜日

便利と自然のちょうどいいバランス

  • 便利と自然のちょうどいいバランス
  • 便利と自然のちょうどいいバランス

家事がひと段落したので、ハーブの様子を見に屋上へ向かう。家を建てるときに、屋上緑化のため屋根に土を敷き、その一部分を屋上菜園として利用した小さなスペース。ハーブなら栽培が簡単だし、日頃のメニューに彩りを添えられると栽培を始めた。ベランダ奥の仕切り扉を開けて菜園を見ると、昨日の雨のせいか、まだ土はしっとりと湿っている。

屋上緑化をすると、土壌とそれに含まれた水分で家を冷やし、夏場の省エネに繋がると知り、この家を建てるときにお願いした。省エネという“節約”のためだけじゃなく、菜園にも利用できるし、緑が増える事で、私自身、そして家全体が癒されているようも感じる。それに、本当に小さな事だけれど、たくさん緑を植えるということで地球に優しく暮らせているような気がして嬉しい。

庭には、春は花、夏は実、そして秋には紅葉といった具合に、季節の移り変わりを楽しむのにふさわしい植木を選んだ。5月になると一斉に花を開かせるサツキ。少し首を傾げたような清楚な白い花を咲かせるエゴノキ。モミジ、ケヤキ、ハナミズキ・・・。それぞれ四季折々の姿で、私たち家族の目を楽ませてくれる。

便利さを追い求め、テクノロジーを駆使した暮らしと、地球を大切にしたナチュラルな暮らし。どちらがいいとか、正しいかではなく、住まいには両方がちょうどよいバランスで保たれていることが大切だと思うし、居心地もいい。

  • 便利と自然のちょうどいいバランス
  • 便利と自然のちょうどいいバランス

夢を現実のものへと育む空間

  • 夢を現実のものへと育む空間
  • 夢を現実のものへと育む空間

お迎えに行った幼稚園からの帰り、上の子のお友達とそのママがよく遊びにきてくれる。今日も、「シュークリームを焼いたから」と声をかけた。リビングのセンターテーブルを囲み、嬉しそうにシュークリームを頬張る子供たち。私たちは、屋上菜園から採ってきたフレッシュミントを浮かべたセイロンティー。

昨日の雨もすっかり上がって気持ちがいいので、デッキテラスに面した木製のサッシを開け放った。「なんだか、オープンカフェみたいね」「天井も高くて気持ちがいいし、とっても居心地がいいわ」
「子供の手が離れたら、いつかここでカフェを開きたい」そう思っているだけに、この言葉は、私を嬉しくさせた。

「君のお菓子はホントに美味しいから」この家を建てるとき、夫がそう言い、「将来カフェに改造できるように」と、設計士さんに頼んでくれた。お菓子作りを本格的に始めるようになってから、「いつかカフェを開きたいなぁ」と話してはいたけれど、「子供も小さいからまだまだ先のこと」とも思っていた。

設計が進むにつれ、これまでは単なる夢だったことが急に現実味を帯び、ドキドキしたのを覚えている。「これから、色んな楽しいこと、好きなことをして何十年と暮らしていく家なのだ」あらためてそう思うと我が家がいとおしくなった。

木曜日

“ちょうどよい”を求めて ~形を変える住まい~

  • “ちょうどよい”を求めて ~形を変える住まい~
  • “ちょうどよい”を求めて ~形を変える住まい~

リビングソファを移動させ、センターテーブルも少し階段側にずらして空間を作る。階段の手すりを止める金具を外し、階段さえも移動させると、和室とリビングの間にスペースが出来る。これなら全員が車座になって座れそう。

そうしているうちに、次々と上の子と同じクラスのママたちがやってくる。これから、今度のお遊戯会で子供たちが着る衣装を、みんなで考えることになっているのだ。スケッチブックにラフデザインを描いたあと、洋裁の得意な人が型紙に起こす。可愛いのはもちろんだけれど、誰でもうまく作れるよう、簡単なものでなければならない。それが難しいのだけど、お遊戯会でそれを着る子供たちのことを考えると、今からワクワクしてしまう。

1時間半後、大体のデザインができ、役割分担が決まったので、ちょっと一息。ほっとした表情で温かいお茶を手に談笑の時間。こうしてみんなと子供たちの話をしている時間もまた楽しい。

ついつい長話になり、気づいた頃にはもう夕方。何人かに手伝ってもらって、家具を元の位置に戻す。我が家は、太い梁や柱が目に見え、家具だけではなく階段まで移動できる。丈夫で長持ちするのはあたりまえ。そこに可変性が加わることによって、いつまでも快適で、使い勝手のいい住まいであり続ける。使い込むと自分の手に馴染む道具のように、これからどんどん私たちの生活に馴染んでいくのだろう。

  • “ちょうどよい”を求めて ~形を変える住まい~
  • “ちょうどよい”を求めて ~形を変える住まい~

帰りが遅くなるのも悪くない

  • 帰りが遅くなるのも悪くない
  • 帰りが遅くなるのも悪くない

玄関扉の鍵を開ける音が聞こえると、少し小さい「ただいまぁ」という声。「お帰りなさい」といいながら、リビングソファからキッチンに移動し、珍しく帰りが遅かった夫のために夕食の準備を整える。部屋着に着替えた夫が2階から下りてきて、「帰りが遅くなるのも悪くないね」と微笑む。どういう意味かと思い、「え?」と聞き返えした。

夫は帰る道すがら、「我が家を眺めて帰ってきた」と話した。少し遠い場所からでも、窓から漏れるやわらかい白熱色のあかりが見える。家と反対側の道を通り、さらに近づくと、リビングの中心に吊り下げられた照明が、大きく温かい光を放っている。その照明が壁や床の杉板に反射して、さらにやわらかく室内全体を照らして見えるという。

私がこだわって選んだ大ぶりのリビング照明は、LDKだけでなく、階段、寝室、子供部屋まで照らす我が家のシンボル的な存在。家族みんなを温かく包み込む光である“家族のあかり”。
「周りのどの家よりも温もりがあって、いい感じだよ」と、夫が嬉しそうに語った。私は夫にご飯をよそいなら、「私も今度ゆっくり眺めてみる」と微笑んだ。

金曜日

変わらない暮らし ~その知恵を生かして~

  • “ちょうどよい”を求めて ~形を変える住まい~
  • “ちょうどよい”を求めて ~形を変える住まい~

駐車場に車を停め、チャイルドシートに目を移すと、下の子はいつの間にかうつらうつら。気持ちよさそうに眠る子供を起こさないよう、そっとトランクを開け、大きな買い物袋を二つ取り出し、玄関へ急ぐ。鍵を開けてそのまま土間を通り抜け、キッチンへ荷物を運び入れた。

車で眠ってしまった子供を抱きかかえ、家に戻りそのまま2階のベッドへ。明日のホームパーティーのために、今日はたくさんの材料を買いに出かけた。土間に面したところに置いた大きな買い物袋から、食材を次々と取り出し冷蔵庫に入れる。

玄関からキッチンへ通ずる土間は、ストラップや紐つきの脱ぎにくい靴を履いていて、荷物で両手がふさがっているときなんかは、ほんとうに役に立つ。土間には洗濯機も置いてあるから、上の子が公園で泥だらけになって遊んで帰ってきたときも、ここで洋服を脱がせてそのまま家に入れることもしばしば。

土間というと、土を押し固めて作った祖母の家のそれを思い出す。ひんやりとしたなめらかな土。夕方、祖母が回覧板を持ってきたご近所の人と、ちょっと腰掛けて話しをする。夜には、祖父が自転車の修理をすることも。昔の家には、そんな土間があり、通路になったり、作業場になったり、人が集ったりしていた。

我が家の土間はテラコッタで、いわば現代風の土間。今と昔では、暮らしが全く変わってしまったといわれる。でもよく考えると、祖父母の家にあった土間と我が家の土間そのものの用途は、さほど変わってはいない。日本古来の住まいの知恵は、今なお、日本の暮らし方にちょうどよいものが多い。土間に無造作に置かれたコマ付きの小さい自転車を片付けながら、ふとそんなことを考えた。

  • “変わらない暮らし ~その知恵を生かして~
  • “変わらない暮らし ~その知恵を生かして~

本物だからこそ、変化も楽しめる

  • 本物だからこそ、変化も楽しめる
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「ママー、お月さまだねぇ」
夕食の後片付けをしていたら、上の子が窓ガラスに張り付いて空を見上げていた。「へぇ」と言いながら夫が窓辺に近づき、和室に入って座布団を枕にごろんと横になった。子供たちがはしゃぎながら夫と同じように畳に寝そべった。

リビングからフラットで一続きになった和室は、おしゃれな琉球畳を敷いている。縁があり長方形の畳に比べ、広く見えるのもお気に入り。自然素材を使用したブルーグレーの薩摩中霧島壁、モダンにアレンジした床の間という、シンプルで堅苦しくない和室は夫のお気に入りの場所。洗い物を終えて、私も畳に寝転んだ。

黒い夜空に左側が少し欠けた月が光って見える。
「すぅーっ」と息を吸って、「はぁっ」と大きく吐き出した。肩に入った余計な力が抜け、なんだか心が洗われた気がする。天井で交差する太い梁。素朴な白熱球。い草の香り。太陽の光を吸収し、建った頃よりも温もりある表情をみせる、杉のフローリングや無垢柱。

これまで、年を取るのを嫌がっていた。けれど、自然のものに囲まれて暮らしていると、自分自身も肩肘張らず、自然なままでいられる。今では、「年月を重ねることは、単に古くなるだけじゃない、味わい深くなることでもあるのだ」と受け入れられるようになった。でもそれは、「本物であるからこそ楽しめる変化なのだ」と、この家に教えられたような気がする。

土曜日

家族の気配をあたりまえに感じられる

  • 家族の気配をあたりまえに感じられる
  • 家族の気配をあたりまえに感じられる

朝ごはんを食べ終え、おもちゃを広げて遊ぶ子供たち。すると上の子が、「パパはまだ起きないの?」と私にたずねる。妻である私は、せっかくのお休みだから、ゆっくり寝かせてあげたい。けれど、父親と公園に行くのを楽しみにしている子供たちの母親でもある。

「そうねぇ。じゃあ、呼んでみたら?」私は、食器を片付けながらそう言った。「パパー、朝だよー!」上の子が、吹き抜けに面した2階の寝室に向かって叫ぶ。口元に手を当てて、何度も何度も。
「うーん・・・」という夫の声で、子供たちが「わっ」と喜んだ。全ての部屋がリビングに面した設計。この吹き抜けのおかげで、どこにいても家族の気配が感じられる。そんなところも、私たち夫婦のお気に入り。どんなときも家族の気配が感じられる、安心で温かい住まいを作りたかった。

今は子供たちが小さいから、目が行き届くという意味でも安心だけれど、大きくなったときも、お互いにいつも顔を合わせ、会話が途切れないような家族がいいなと思う。それは、何も特別なこととではなく、普段から何となく、という感覚がいい。2階から下りてきた寝ぐせ頭の夫に、子供たちが抱きついた。まとわりつかれたまま洗面所に向かった夫の背中を見届け、私はコーヒーメーカーをセットした。

  • 家族の気配をあたりまえに感じられる
  • 家族の気配をあたりまえに感じられる

部屋数よりも集える住まいを

  • 部屋数よりも集える住まいを
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午後6時頃、夫の草野球仲間が家族を連れて続々とやってきた。その輪に夫が加わると、野球話に花が咲き、家中が一気に賑やかになった。ナイター観戦は夫の楽しみのひとつで、時々こうやって仲間を呼んで一緒に盛り上がる。気の早い夫は、お昼頃からせっせとプロジェクターをセットしていた。その後姿に、「くすっ」笑ってしまった私。

テラスではバーベキューが始まった。リビングのセンターテーブルとテラスのテーブルに簡単なおつまみや取り皿を置き、好きなところに座ってもらう。ダイニングテーブルには飲み物を並べ、セルフサービスで。テラスを走り回る子供たち。午後7時のプレイボールを前に、ビール片手に盛り上がっている大人たち。こうやって、気のおけない仲間と過ごせる休日は、ただ楽しいだけじゃない。

夫の仲間たちは、いつも帰り際に感謝の言葉をくれるけど、感謝するのは私たちのほうかもしれない。たくさんの人と出会う中で子供たちは成長し、私たちも元気をもらっている。この家に住み、住まいが人を癒したり、元気づけたりするということを経験してきた。人が集う事で、その力はさらに高まるということも知った。“部屋数を多くするよりも、集える場所を作る”そういう住まい作りが大切だと、身に沁みて感じる。